2007年8月13日月曜日

インプラントの恩師、サンフランシスコのDRラム

又、明日から、サンフランシスコのDRラムのIDEAで、彼のセミナーを受講して来ます。
理由はミクシィの方で書きましたように、AOやPRDが物足りなかったからです。

今、私がしているインプラントは、彼の考えがその根幹を成しています。
究極的なMIインプラントで即時インプラント。

初めて見せて頂いた時の衝撃は、今も忘れません。
2003年のサンフランシスコのAAPの時でした。

私と当時勤務医であったDR佐和子で、彼のオフィスに1週間、AAP開幕の前に学びに行かせて頂きました。

そのきっかけは、2000年のホノルルでのAAPでの、彼の講演を拝聴した事です。
彼は最終日のジェネラルセッションのラストスピーカーでした。

そこで、私は彼の講演を始めて聞き、その凄さに固唾を呑んでしまいました。
終了後直ぐに、演壇を降りた彼の元に行き、Q&Aを拙い英語でしました。

それが気に入られたのか、彼はビジネスカードを手渡しでくれ、いつでも学びに来て良いと話してくれたのです。
それをきっかけに、2003年のサンフランシスコのAAPに託けて、大胆にもDRラムの元に電話して、見学を申し込んだのです。

丁度、彼のセミナーが終了したばかりで、次回は来年と言う話でしたが、せっかく来てくれるならと言う事で、それを彼は快く快諾して下さいました。
マンツーマンの個人セミナーです。

それが、私を雄飛させて頂けるきっかけに成りました。
しかも、その時のAAPでアストラの藤田さんにその臨床結果は凄いから、PRDに応募して見たらと勧められ、それじゃーと思って応募して受かり、しかも2回連続と言う快挙を成し遂げました。

日本人で、しかも何のコネ、ツテもなく受かってしまったので、アメリカは本当に結果だけで評価してくれるんだな、と分かりました。
彼らが見て、面白いと考えれば、採用してくれるのです。
どちらもほぼ100倍の競争率だったそうです。
全てはDRラムから始まっています。2000年のホノルルのAAPから、私は変わりました。

それまでは、従来のインプラントオペしかしていませんでした。
そこから劇的に変化し、更に2003年でもっと加速して激変したのです。

今私がしているものが、最近MIと言う概念で語れる事を知り,それを主張しています。
根本的な概念が違います。
どう言う物か、見学された先生はご存知であると思います。
又DRラムの元を訪れ、リフレッシュして来ます。

その内容を又、自分の臨床に活かし、患者さん活かしたいと存じます。
非常に楽しみです。

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